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文献芸術映画「私の夢」-映画概要

映画概要 

  1895年、映画が誕生。人類の、世界と生命の再現の夢が実現した。障害者をもった団員も同じように映画を通して、自
分たちの人生の再現、また、たくさんの観客と彼らの芸術を分かち合うことを強く望んだ。中国障害者芸術団は決して裕福ではないが、障害をもった子供たちの映画への夢のため、長年の公演で貯まったお金を映画の撮影に費やすことを決めた。もっと多くの観客にスクリーンを通して、彼らの欠けたる美しさの世界により近づいてもらうために。  この障害をもった子供たちの夢への手助けをしてくれたのは、中国映画人誕生の地――北京映画学院。北京映画学院はこの映画を撮影するために、最先端の設備と器材を提供してくれた。王鴻海監督と美術、演出、撮影、録音の4つの部門及びデジタル研究所の先生と生徒が報酬を受け取らず、深い感情と知恵と努力をこの映画の撮影につぎ込んでくれた。一年半あまりの月日を費やして、90分間のノンフィクション芸術映画「私の夢」はついに世に出た。


圆梦人——北京映画学院

    映画が誕生して以来、日々、コンセプトの変革、技術の面で絶えず発展、進歩している。「私の夢」は撮影方法、叙事構成、映画の映像言語の方面で新しい試みをした。アジアを代表する舞台芸術の表現のために、映画クリエーターは中国の伝統的絵画の理論と技術を借り、写意と写実によるスクリーン言語を絶妙に組み合わせた。映画は美しいスクリーン言語によって、舞台上のすばらしい公演が再現され、同時に写実によるドキュメンタリー式の方法によって、障害者の舞台裏での本当の生活を表現することができ、二つをうまく融合することができた。この映画は伝統的な映画言語以外に、聴覚、言語障害者による手話、聴覚障害者によるアフレコ、視覚障害者によるナレーション、肢体障害者による身体言語によって、障害をもった団員の人生を述べた。

特殊な団員たち 

    彼らは普通の子供である。同世代の子供たちと同じように青春があり、生きる力をもつ。ただ、彼らは少しばかりの不自由をもつ集まりである。身体に障害を持つ苦しみを経験し、しかし、その悲しみを力に変え、力強く運命に立ち向かう。彼らは特殊な団員で、映画「私の夢」のなかで、自分の芸術への追求と夢を実践している。聴覚障害者は音のない世界で、目で音楽を、身体でリズムを感じとる。音楽の聞こえない彼らは、先生の手話により曲に含まれる意味と旋律を理解し、床から伝わってくる大きなスピーカーと太鼓の振動を通じて身体で音楽を感じる。舞台の上では、彼らは心に刻んだ韻律と手話の先生の指揮を目で追いながら、一糸乱れず踊る。視覚障害者は世界が見えない。彼らの姿勢と笑顔は先生から教わり、彼らはロープに結ばれ、スティックをついて踊る。彼らは手で楽譜を読みとり、演奏には指揮者はいない。しかし、心の中にあるリズムに頼り、お互いに息を合わせる。両腕を失ったものは生きていくために、手の代わりに足を用い、日常作業、農作業、絵画などをこなす。芸術のために、舞台に上がり、人生のすばらしさを表現する。映画「私の夢」のなかの84名の身体に障害をもった団員は、美しさと感動をすべての観客に伝える。音楽が聞こえなくても、美しく舞い、楽譜が見えなくても、流れる水のような楽曲を演奏し、肢体に障害をもっていても、生命の偉大な力を美しく表現する。彼らは障害者の夢を乗せ、特殊な方法で芸術を生み出し、さまざまな国で独特の風采を表現する。

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